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東京高等裁判所 昭和24年(新を)941号 判決 1949年12月10日

控訴人 被告人 鳥羽博

弁護人 長野潔

検察官 稻川龍雄関与

主文

原判決を破棄する。

本件を千葉地方裁判所に移送する。

理由

本件控訴の趣意は末尾に添附してある弁護人長野潔作成名義控訴趣意書と題する書面記載の通りである。これに対し当裁判所は左の如く判断する。

論旨第四点について。

刑事訴訟法第三百五条乃至第三百七条には証拠書類及び証拠物の証拠調べの方式が定められてある。その方式は朗読と展示の二種であるが、これは証拠の種類性質に従つて証拠の如何なる点が証明の資料となつているかを訴訟関係人に理解させるためであるから、その精神に従つて証拠調を施行することを必要とする。実況見分書、検証調書及び証人訊問調書は証拠書類であるからその証拠調の方式は朗読することになつているが、右証類に添附せられた図面、絵図、写眞等は本来朗読して理解せらるべき性質のものでないのであるから、前記法の精神に従つてこれを被告人その他訴訟関係人に展示すべきものと解するのを相当とする(旧刑事訴訟法も法の精神において変るところはないのであつて、その判例大審院大正十三年(れ)第二三八七号、大正十四年三月十日言渡判例参照)。原判決は第三強盗罪の証拠として司法警察員小川大助作成の実況見分書を証拠に引用しているが、原審公判調書を見ると右実況見分書を朗読した丈けで附属図面を示した形跡はないからその証拠調は不十分である、しかも原審はこれを罪証に供したのであるから違法である。この点に関する論旨も理由あり原判決は破棄を免れない。

論旨第五点について。

刑事訴訟法第三百三十五条に「法令の適用を示す」とあるのは旧刑事訴訟法第三百六十条に由来した規定で単に法条を羅列することではなく各犯罪事実に法条を擬律し若し加重減軽の事由あらば法令の根拠を示しつつ加重減軽を行い最後に如何なる刑期又は金額の範囲内において処断するのであるか、即ち処断刑が判り得る程度に法令の跡付けをすることを意味する。これは上訴審の事後審査と関聯することであつて単に法令を羅列した丈けでは法の運用が正しかつたかどうかを審査することができないからである。

刑事訴訟規則施行規則第三条の五には第一審において有罪の言渡をなすに当り云々法令の適用を示すには云々法令を掲げれば足りるとあつて法令の羅列を許しているがこれは旧刑事訴訟法は控訴審を覆審とし、そこで法令の適用を示せば足るから便宜手数を省略させたのである。従つて事後審査審を控えた新刑事訴訟法の第一審の判決、旧刑事訴訟法の第二審の判決にはさような便宜は許されない。原判決の擬律は単に法文の羅列であつて法令の適用を示したことにならぬ違法である。論旨理由あり原判決はこの点においても破棄を免れない。

原判決は己にこれ等の点において破棄を免れないからその余の論旨に対する判断は不必要として省略し、しかうして本件は自判するに不適当と認めるから刑事訴訟法第三百九十七条第四百条本文の規定に従つて主文の如く判決する。

(裁判長判事 吉田常次郎 判事 保持道信 判事 鈴木勇)

控訴趣意書

第四点原判決が認定した判示第三の強盗罪は被告人が終始否認しているところである。原審はこの事実の証拠として司法警察員小川大助作成の実況見分書を有力な資料としているが、この書面については適法の証拠調の手続が行われていない。第二回公判において検察官は、この書面を朗読した後裁判所に提出しており(記録一六丁裏一七丁表)従つて証拠書類に対する証拠調の方式がとられているが、この書類の一部である図面二葉(記録五五丁、五六丁)は普通の証拠書類のようにこれを朗読することができるものではない。仮りに図面記載の文字を朗読したとしてもそれ自体何らの意味がない。かような図面はこれを被告人に示さなければ完全な証拠調があつたとはいえない。旧刑事訴訟法の下において大審院は「受命判事が検証ヲ為シ其ノ結果ヲ分明ナラシムル為図面ヲ作成シ之ヲ検証調書に添付セシメタルトキハ其ノ後ノ公判ニ顕出スルニ非ザレバ其ノ証拠決定ハ完全ニ施行セラレタルモノト謂フヲ得ぜルモノトス。而シテ記録ヲ査閲スルニ原審ハ其ノ決定シタル検証ニ付其ノ後ノ公判ニ於テ受命判事ノ検証調書ヲ被告人ニ読聞ケタルニ止マリ、添付図面ニ付イテハ之ヲ示シタル事跡ノ存スルコトナシ、然ラバ原審ハ所論証拠決定ヲ完全ニ施行セズシテ審理ヲ終結シタルモノニシテ重要ナル公判手続ニ違背スル違法アルニ帰ス」と判示した(大正一四年三月一〇日判決、日本判例大成刑訴三一四頁)。新刑事訴訟法の下においても、その理を異にする事由はない。

そして原審はこの実況見分書の図面をも断罪の資料としたものであることは原判決の証拠の標目の記載に何ら除外例がないことから観て明白である。そうすると原審は証拠調の完全に行われていない書類を断罪の有力な資料としたもので採証の法則に違反しこの違反は判決に影響を及ぼすこと勿論である。

なお以上の理由は判示第四事実の証拠とされた司法警察員吉田志郎作成の実況見分調書と添付の写眞との証拠調(記録一六丁裏一七丁表)についても同一である。

第五点有罪の言渡をするには、罪となるべき事実証拠の標目及び法令の適用を示さなければならない(刑訴第三三五条)。「法令の適用を示す」とは単なる法条の羅列を意味するものではない。どの法条がどのような関係において適用されたかを明示すべきものである。この点は起訴状において「適用すべき罰条を示す」ことと異なるわけである。然るに原判決は一連の法条を無秩序に掲げただけであるから法条を示したことにはなるが法令の適用を示したことにはならないと信ずる。仮りに適条として法条を掲げれば足るものとしても刑事訴訟法が裁判官の独善をゆるすわけではないから通常の知識を有する者に法令の適用関係が分るようにしなければならないこと勿論であろう。然るに原判決は証拠については第一及び第二の事実、第三の事実並びに第四の事実に区別して明白に証拠の標目を掲げながら適条に至つては、きわめて無雑作に特に罰条の順序をも顧みず、単に法条を羅列したに過ぎない。殊に共犯に関する刑法第六〇条の規定の如きは第四の事実にも適用したようにも見える。かような法令の適用は違法であつて判決に影響を及ぼすこと勿論であるから原判決はこの点においても破棄を免れない。

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